2008/9/28 日曜日

「泥にまみれろよ」

Filed under: つれづれ — admin @ 23:11:13

先日、仕事場へ向かう道すがら、駅から30分余りかかる長い道を歩いていた。 その時、ふと心に浮かんだのがこの言葉だった。

これは、井上雄彦の人気漫画『スラム・ダンク』の一節だ。自分が何とかしなければ、と思う余り空回りをしていたある選手(主人公の一人・赤木選手)が、「自分のチームには主役になれる選手が何人もいる。でも、彼らのために体を張って活躍できる場を作ってやれるのは自分しかいない」と確信して、変貌していくシーンの印象的なせりふである。

自分の立場は、チームの大黒柱だった赤木君とは全く異なる(それでも、何かしら共感できる選手がいるのがこの漫画のすごいところだ)。自分の役目についても、薄々こういう方向で了解していた面はあった。

でも、漠然と思っていたことに、しっかりした方向性を与えられたように思う。自分は夢をめったに見ないので(はなく、覚えていないだけとアートセラピストには言われるのだが)、こういう機会をとても貴重に思った。   

2008/7/27 日曜日

ベリーダンス

Filed under: つれづれ — admin @ 12:59:30

異業種交流会で仲良くなった人の紹介で、ベリーダンスの体験レッスンに行ってきた。

私は元々、フラメンコを1年、クラシックバレエを18年習っていたことがあり、踊るのは大好き。去年、レッスン中に怪我をして以来、膝に不安があるためバレエのレッスンから足が遠のいていたけれど、何か踊りはしたいと思っていた。

ベリーダンスは、クラシックバレエとは殆ど対極的だ。よく言われることだがバレエは上昇・飛翔・飛躍を目指す動きが中心であるのに対し、ベリーダンスの重心は低い。バレエはトルソ(胴体)を殆ど動かさないが、ベリーダンスは胸・肩・腰が動く動く・・・。

でも、重心の低い踊りというのもいいものだ。どっしりしていて心が落ち着く。年齢を経るに従って、自分の好みも移り変わっていっているのかもしれない。私は音楽でも踊りでも、とにかくクラシックで様式性の高いもの、高い規律を要求するものが好きだった。最近、少し、緩やかで流れるようなものにも心を惹かれている。

2008/6/19 木曜日

紫陽花の季節

Filed under: つれづれ — admin @ 23:44:18

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今週の火曜日、思い立って鎌倉に行ってきた(上:長谷寺、下:明月院本堂裏庭園にて撮影)。緑の多い場所に来ると、ひんやり涼しい空気が流れているのが心地よい。そして、土の上を歩くと、生き返ったような気がする。この日は、あいにく日が照っていて--なんだか変な表現だが、紫陽花や菖蒲を観賞するには、細かい雨が降っているくらいが風情があって似合うのだ--、菖蒲がいささかしおれ気味だったのが残念。

2007/10/11 木曜日

偉大さになぎ倒される至福

Filed under: つれづれ — admin @ 23:38:13

今日は、”その人が選んだのではなく、音楽に選ばれた”としか思えない人の演奏会に行ってきた。

偉大な音楽に触れると、どんなに心に苦しみを抱いていても、この世界は生きるに値する、と思う。このような奇蹟を可能にしてくれる世界、神、人間への信頼を新たにしてくれるからだ。

偉大さになぎ倒されるのはこの上ない幸せだ。

2007/10/7 日曜日

Not pretty, but beautiful

Filed under: つれづれ — admin @ 23:47:25

少し前のことになりますが、9月16日~21日の間、インテグラル・インスティテュートが主催する「女性のためのILPワークショップ」に参加してきました。北米を中心に、世界各国から参加した女性実践者32名、ファシリテーター・スタッフ6名と、刺激的な5日間を過ごしました。

事のタイトルは、ワークショップ中、合言葉のようによく使われていた言葉。このワークショップで目指す女性性のあり方を象徴する言葉として用いられていたと思います。こういう言葉も、必ずしも分析的に説明されるわけではないので、具体的に何を指しているのか理解するのが難しい面がありますが、こういうことがありました。

ワークショップでは、非常に張り詰めた雰囲気の中で、ファシリテーターが参加者の限界を押し広げるような質問をします。雰囲気づくりのおかげもあり、皆、非常に感じやすくなっているので、すぐに涙が出てきますし(ティッシュ・ケースがあらかじめ配られていました。女性だけの集まりならでは、という感じですね)、激しい心理プロセスに翻弄されて嗚咽が止まらなくなったりすることがありました。そういうときに、ファシリテーターが”Let go of it(手放しなさい).”と繰り返しつつ、”beautiful”とつぶやくように、励ますように言っていたのです。

姿かたちが審美的に”美しい”訳ではないのだけれど、自分に真摯に向き合い、格闘している赤裸の魂のあり方を、きっと彼女は”beautiful”だと述べたのだと思います。”beautiful”という言葉のもつ奥行きを、考えさせられました。

写真は、ワークショップが行われたキャンパス。

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