「生活・人生に勝る実践なし」--これは、先日の”女性のためのILPワークショップ”で聞いた言葉です。きっと、多くの人にとって異論のないところだと思いますが。
一方で、ボディ・マインド・スピリットのそれぞれの領域のエッセンスを凝縮した実践にも、極めて高い固有の価値があります。禅などはその極致ですね。先日も、仲間で少し坐ったのですが、坐禅は、日本で独自の洗練を遂げた、大変素晴らしい霊性修行のメソッドだと思います。生命をかけた修行をなさる、禅僧の方々とは比べ物になりませんが、自分のような市井の実践者にとっても、坐ることはとても意味のある修行です。
迷ったときに、戻れる基本があるというのは本当に有り難いことです。型は自分を助けてくれる。ここのところ、悩みが多くて自分ひとりではなかなかきちんと坐れなかったのですが、身体を起し、背筋を伸ばして坐っているだけで、随分癒されるものを感じました。型・作法・場の持っている力には凄いものがあります。生活の中で気づきを深めることと、基本的な型の練習は相互に補い合うものなので、どちらもバランスよく、行っていきたいと思っています。
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生活の実践の中で、今私が特に大切にしているのが料理です。記事のタイトルで紹介しているのは、折に触れて読み返す料理書。旬の素材を使った季節の家庭料理が紹介されており、その見識、洞察の深さ、料理をする姿勢にこめられた愛情、文章の格調の高さは他の追随を許しません。少し内容をご紹介しましょう。
”世の風潮は、いかなるわけか、だしやスープをひくことを面倒に感ずる人々が増えてきました。「生命々々」と二言目には、口にしながら、だしをひくのが億劫とは。何事を為すにも、為しとげるためには、いくらか自分を励まさなければなりません。仕事は手につけば、面倒であったものが面倒でなくなるときがくるものです。
あるいは、人により一生面倒を感じるかもしれません。それはそれでよいと思います。そういう自分を受け入れて、為すべきことをいたしましょう。それは楽々なさる方より、もっと尊いことだと思います。”
”煮炊きものは、ふしぎに内面的な一面が味に出るものです。人の心のやさしさ、しなやかさを最も求められる調理です。やさしさ、しなやかさは、一言で言えば受容力において認められます。料理においては、我を捨てて、素材と調理の法則に従うこと、これ以外にないと思います。全ての調理にいえることですが、とくに煮炊きもの、和えものにはこの態度が求められます。”
読んでいると、いつの間にか背筋がしゃんと伸びてきます。家庭で料理に勤しむということが、こんなに尊い修行だったとは、この本を読むまで思い至りませんでした。この本を読むたび、心を励まされると同時に、母に対する感謝の気持ちを抱かざるを得ません。共働きで忙しかったのに、まして料理が決して好きではなかったのに(本人からそう聞いたときは本当に驚きました。おやつまで手作りしてくれるので、料理好きの料理上手とばかり思っていました)、毎日、栄養があっておいしいものを食べさせてくれました。子どものために、どんなに頑張ってくれたことか。目につかぬところで、日々、愛の実践をしている人々に、心から尊敬と感謝を捧げたいと思います。
辰巳芳子 『手しおにかけた私の料理--辰巳芳子がつたえる母の味』 婦人之友社