2008/6/23 月曜日

齋藤孝 『なぜ日本人は学ばなくなったのか』

Filed under: 読書 — admin @ 21:14:29

齋藤孝の本を読んでいて、インテグラル思想と共通する問題意識を表明している箇所があり、目を見張った。しかも「垂直」と「水平」という、インテグラル思想にとって非常に重要なキーワードを用いて。

 (前略)明治時代以降、「書生」という社会システム(慣習)や旧制高校的教養主義などを通じ、自己形成していく若者は数多くいました。自分を超えたもの、自分より大きなものに敬意を払い、それと対比して垂直的に自分を掘り下げたり、あるいはそこに向かって自分をつくっていったわけです。

 しかし今は、自分という核を持たないまま、ひたすら水平的に「何かいいものはないか」「おもしろいものはないか」と探し回っているだけ。最近の世の中はこれを「自分探し」と称していますが、こういう風潮が始まったのは一九八○年代ごろからです (pp.16-17)(*太字は引用者)

齋藤孝は、一般に影響力を持つ知識人(というカテゴリー自体が消滅しつつあるように思えてならないが、それはともかく)の中でも、段階的発達や階層性という視点を持っているひとだと思う。やたらと個性を有難がる風潮を批判し、「型」を繰り返し体得することの重要性を訴えるなど、インテグラル思想との共通性も高い。彼の本は、内容の濃い薄いのばらつきがあるのが難だけれど、多くの人に読まれてほしいと思う。

齋藤孝 『なぜ日本人は学ばなくなったのか』 講談社現代新書

2008/6/22 日曜日

様式の持つ力

Filed under: 実践・プラクティス — admin @ 19:42:09

週末は、一泊二日でプレイバックシアターのワークショップに行ってきた。ドラマ的な要素を取り入れたワークは、インテグラル理論でも重視している”Perspective taking”を自然に実践することができるので、ITPを実践している仲間の中でも注目しているワークである。

今回、参加してみて、様式や構造の持つ力を感じた。ネガティブな感情を、時や場所をわきまえずに吐き出せば、それはほとんど暴力になってしまう。ある構造や様式に沿って表現することにより、安全に扱えるようになるのだな、ということを感じた。

私は、こういうグループプロセスの場ではなかなかネガティブな感情を打ち明けることが難しかったのだけど、この手法では、本質的な要素を残しつつ適度な抽象化が行われるので、自分の体験を生の形で共有するよりも取り組みやすく思えた。非常に興味深いワークなので、今後も研鑽を積んでいきたい。

2008/6/19 木曜日

紫陽花の季節

Filed under: つれづれ — admin @ 23:44:18

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今週の火曜日、思い立って鎌倉に行ってきた(上:長谷寺、下:明月院本堂裏庭園にて撮影)。緑の多い場所に来ると、ひんやり涼しい空気が流れているのが心地よい。そして、土の上を歩くと、生き返ったような気がする。この日は、あいにく日が照っていて--なんだか変な表現だが、紫陽花や菖蒲を観賞するには、細かい雨が降っているくらいが風情があって似合うのだ--、菖蒲がいささかしおれ気味だったのが残念。

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