友人に話を聞いて興味を持ち、現在国立新美術館で開催中のエミリー・ウングワレー展(http://www.emily2008.jp/、7/28まで)を見てきた。
彼女は、アボリジニの女性で、伝統を受け継ぎ、コミュニティの年長者として、長年儀式をつかさどってきた。80歳になるころアクリル画を始め、80代半ば(生年不詳のため正確な年齢がわからないそうだ)で亡くなるまでの8年間に、3,000点を超える作品を残している。
彼女の作品を見ていると、大好きなパウル・クレーでさえも、頭で考えて描いた感が強く、弱々しく思えてしまう。それほど、溢れかえるような生命力。
彼女の作画風景がビデオに残されていたが、地面に巨大なキャンパスを置いてその上に坐り、下書きも何もすることなく、太い筆で迷いなく描いていく。全体を初めに構想して取り掛かるのではなく、一部ずつを描いては仕上げ、描いては仕上げしていつの間にか全体がまとまっているという手法だ。人生のいたるところに曲がり道があり、全体像が見えなくても状況に対応することが求められることが多く、最後にこれでよしと思えればよいという、いかにも女性的な生き方を象徴しているようだ。
抽象画でありながら、抽象画か具象画かという次元を超えているところが面白い。彼女にとっては、描く全ては故郷、愛するものたち、アボリジニの伝統にのっとって自分と深いつながりで結ばれたものたちだったのだ(アボリジニは、一人ひとりに、守らなくてはならない動物や植物が決められているのだそうだ。これを“ドリーミング”と呼ぶが、彼女はこの“ドリーミング”を繰り返し描いている)。
人間が、誰に教えられずとも抽象化の能力を発達させていく、という事実も興味深い(彼女は、初期にはヤムイモの茎の部分の形を描いていたが、後期には線だけになった。彼女は故郷から殆ど出たことがないため、西洋美術に触れる機会はなかった)。殆どひとつのテーマ(故郷)を、繰り返し繰り返し、膨大な量を描いていくうちに、作風はわずか数年の間に何度も変わっていった。80代という年齢になっても、変化を生み出す能力、成長していく能力を人間がもつという事実に非常に勇気づけられた。
力強さ、エネルギー、温かさ、大地とのつながり。構造的というよりも流動的。MindよりもHeartやSoulの力が強いこと。変化に富んでいて多様。それでいながらの、全体的な統一感。エミリーの絵を見ると、女性性とは何かということについて、大いにヒントが得られるように思う。
そして、他者の視点を取ることの難しさ(彼女の絵を見終わった後は、もう砂漠が生命のない荒涼の地には見えない)。描くという営為そのものが祈りになりうること。さまざまな刺激を得ることができた展覧会だった。